Xのフォロワーが2,000人を超えて感じたこと。嬉しさの裏で苦しかった理由

Xのフォロワーが2,000人を超えました。

5月2日から本格的にXでの発信を始めて、最初は60人ほどだったフォロワーさんが、600人、1,000人と増えていき、ついに2,000人を突破しました。

正直、めちゃくちゃ嬉しかったです。

自分の発信に反応してくれる人がいる。
コメントをくれる人がいる。
noteやブログを読んでくれる人がいる。

それだけで、本当にありがたいことだと思っています。

ただ、2,000人を超えたとき、嬉しさだけでは終わりませんでした。

嬉しかった。

でも、同時にずっと苦しさもありました。

この記事では、Xのフォロワーが2,000人を超えるまでに感じた嬉しさと、その裏で感じていた苦しさについて書きます。

目次

フォロワー2,000人は素直に嬉しかった

まず最初に、フォロワーさんが2,000人を超えたことは本当に嬉しかったです。

「自分の発信なんて誰が見てくれるんだろう」

最初はそう思っていました。

でも、毎日投稿したり、コメントしたり、noteを書いたりしているうちに、少しずつ見てくれる人が増えていきました。

フォローしてくれる人が増える。
コメントをくれる人が増える。
投稿に反応してくれる人が増える。

これは本当に励みになりました。

特に、同じように副業を頑張っている人や、育児をしながら働いている人、未経験からWeb制作に挑戦している人とつながれたことは大きかったです。

ただ、フォロワーが増えるにつれて、気持ちも少しずつ変わっていきました。

行動量がそのまま数字になる怖さ

Xを本気で動かしてみて感じたのは、行動量がかなり数字に反映されるということです。

コメントを本気で書いた日は、フォロワーが増える。
動かなかった日は、ほとんど増えない。

徹夜で動いた日は、1日で300人近く増えたこともありました。

最初は、正直こう思いました。

「すごい、再現性がある」

でも、同時に怖くもなりました。

「無理すれば、どこまでも行けてしまう」

そんな感覚があったからです。

頑張った分だけ数字が増える。

これは一見すると良いことのように見えます。

でも、裏を返せば「動かないと増えない」ということでもあります。

もっとコメントしなきゃ。
もっと交流しなきゃ。
もっと投稿しなきゃ。

そう思い始めると、どんどんスマホから離れられなくなります。

このあたりから、少しずつ苦しさが出てきました。

頑張りすぎてシャドウバンにもなった

実際、動きすぎた結果なのか、途中で軽いシャドウバンにもなりました。

自分では全く気づいていませんでした。

でも、フォロワーさんがDMで、

「最近、投稿がタイムラインに出てこない気がします」

と教えてくれました。

確認してみると、実際に制限がかかっていました。

あのまま気づかず、さらに無理して動き続けていたら、もしかしたらアカウント停止につながっていたかもしれません。

そう考えると、少し怖くなりました。

ただ同時に、異変に気づいてわざわざDMを送ってくれる人がいたことは、本当に嬉しかったです。

「ああ、自分は一人でXをやっているわけじゃないんだな」

そう感じた瞬間でもありました。

フォロワーを利用しているように感じた罪悪感

数字が伸びれば伸びるほど、自分への疑問も増えていきました。

「自分はフォロワーさんを利用しているんじゃないか」

コメントをするたびに、どこかでそう思う瞬間がありました。

もちろん、相手と話したい気持ちは本物です。

投稿を読んで、共感したり、応援したくなったり、純粋にコメントしたいと思うこともたくさんあります。

でも同時に、

「フォロワーを増やしたい」

という気持ちも確かにありました。

その2つが混ざっていることが、自分の中で少し気持ち悪かったんです。

副業につなげたい。
発信を伸ばしたい。
フォロワーを増やしたい。

これらは本音です。

でも、だからといって人とのつながりを数字としてだけ見たくはありませんでした。

この葛藤が、1,000人から2,000人になるまでの間でかなり大きくなりました。

家族との時間を削ってしまった

もうひとつ苦しかったのが、家族との時間です。

徹夜でスマホを触り続けた夜もありました。

家族との時間なのに、気づけば通知を見ていた瞬間もありました。

育児を妻に任せてしまった日もありました。

子どもが近くにいるのに、画面ばかり見てしまった瞬間もありました。

「自分は何をやっているんだろう」

そう思った夜が何度かあります。

副業につなげたい。
発信を頑張りたい。
家族のためにも収入を増やしたい。

そう思って始めたはずなのに、その家族との時間を削ってしまっている。

これはかなり苦しかったです。

Xを伸ばすこと自体は悪いことではないと思います。

でも、何のためにやっているのかを見失うと、数字が増えても苦しくなる。

この時期に、それを強く感じました。

それでも続けられた理由

しんどかったです。

でも、やめませんでした。

続けられた理由は、フォロワーさんのコメントでした。

「この投稿、刺さりました」

「同じ気持ちでした」

「ありがとうございます」

そういう言葉に、何度も救われました。

画面の向こうに、本当に人がいるんだと感じました。

僕は、コメントをくれた人にはできるだけちゃんと返したいと思っています。

流れ作業みたいな返信はしたくありません。

相手の投稿を読んで、
何を発信しているのかを見て、
その人に向けて言葉を書く。

正直、かなり時間がかかります。

返信だけで3時間以上かかる日もありました。

でも、それでも手を抜きたくありませんでした。

フォロワーとか数字ではなく、自分を見つけて、わざわざ時間を使って、言葉をくれた人がいる。

その気持ちに、ちゃんと向き合いたかったんです。

フォロワーは数字ではなく、一緒に頑張る仲間だった

ずっと葛藤していました。

数字を増やしたい自分と、人を大切にしたい自分。

でもある時、少し考え方が変わりました。

フォロワーさんは、利用する相手ではない。

同じように、何かを頑張っている人たちなんだと。

副業を頑張っている人。
育児を頑張っている人。
発信を頑張っている人。
未経験から何かに挑戦している人。

自分の発信を見て、何かを感じてくれた人たち。

そう思ったら、少し気持ちが楽になりました。

「ただ増やす」ではなく、「一緒に成長する」。

その方が、自分には合っている気がしました。

Xを伸ばすうえで忘れたくないこと

フォロワーが増えることは嬉しいです。

これは本音です。

でも、今回2,000人を超えて感じたのは、数字よりも大事なことがあるということでした。

自分がなぜXをやっているのか。
誰のために発信しているのか。
何を届けたいのか。

それを見失うと、数字が増えても苦しくなります。

たぶんこれからも、数字に焦る日があると思います。

もっと伸ばしたいと思う日もあるはずです。

でもそのたびに、

「画面の向こうには人がいる」

ということだけは忘れずにいたいです。

まとめ

Xのフォロワーが2,000人を超えたことは、本当に嬉しかったです。

でも、その裏には苦しさもありました。

行動量がそのまま数字になる怖さ。
シャドウバンになった不安。
フォロワーを利用しているように感じた罪悪感。
家族との時間を削ってしまった反省。

それでも続けられたのは、コメントをくれる人や、応援してくれる人がいたからです。

フォロワーは、ただの数字ではありません。

画面の向こうにいる、一人ひとりの人です。

これからも、数字を追う気持ちはきっとあります。

でも、それだけにならないように。

一緒に頑張れる人たちと、ちゃんとつながりながら進んでいきたいです。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次